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文芸春秋インタビュ-記事 「私が愛する日本」

私が愛する日本

文芸春秋 2006年8月臨時増刊号

スコット・キャロン SCOTT CALLON
(アメリカ 一九六四年生まれ 投資顧問会社代表取締役社長 滞在期間・通算十七年)

世界一の「一般人」がいる

  生まれて初めて口にした言葉が日本語だったらしいのです。

  父の転勤に伴い、一歳の時から三年間東京に住みました。その後、プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクール在学中の一九八四年夏、松下電器産業に二ヶ月間研修生として来日しました。とにかくすごくおもしろい経験がたくさんできたので、日本にとても興味を持ちました。翌年の夏、米国で夏期集中日本語コースに入り、トップの成績で修了できました。ところがコースが終わってみると、「日本語は難しい。漢字の暗記なんて人生の時間の無駄遣い」となぜか見切りをつけてしまったのです。その後、スタンフォード大学の大学院に進学し一年で修士を取得すると、半導体関連のベンチャービジネスの会社に入社しました。そこでは、日本と共同のプロジェクトが進んでいたのですが、結局うまくいきませんでした。言葉や文化の違いが、思わぬ壁になったのです。この経験が、私の転機になりました。「日本を専門にしたい。産業経済の分野で日本と米国の関係をよくするために働きたい。あの難しい日本語の壁もそのためなら乗り越えられる」と決心したのです。

  九十年に、大学院生として慶應大学で一年間の日本語コースに入りました。米国人の妻との会話以外は「日本語オンリー」の生活でした。買い物に行っても、「この牛乳の乳脂肪は何パーセントですか」などという質問をわざわざしたりして、ものすごい意気込みでした。米国に帰り、『日本の電子産業における産業政策の失敗』というテーマで博士論文を書きました。この論文を基に執筆した本が、スタンフォード大学出版局から出版され、後に米国大学出版局連合・有沢広巳記念賞を受賞しました。九四年三月から、日本開発銀行の客員研究員として再び来日後、米国系の投資銀行の東京支店に就職し、在日期間はすでに通算十七年になります。

  私が日本に残った理由は、一言で言えば「相性が合う」とでもいうのでしょうか。私は三人兄弟の真中です。兄は、ラテン系で人生を楽しみたいという性格。ブラジル人と結婚しブラジルに住んでいます。私は、人生を通じていろいろなことを学び成長していきたいと考えています。いかにも日本人らしいでしょう?(笑)弟は保守的で、ずっと米国に住んでいます。そんな私たち兄弟を、父は「私には息子が三人いる。ブラジル人、日本人、そしてたった一人のアメリカ人」と言ったりします。

  研修生で来日した頃の私は、アバウトな性格で「もういいや」と途中で諦めてしまうタイプでした。けれども日本に来たからこそ成長できたのだと思います。日本人は、真面目で勤勉、そして「質」をとても大事にすると思います。

  社会全体で常にエクセレンスをめざす。自分たちは気がついていないかもしれませんが、これはとても明白な素晴らしい利点です。そして、日本社会の最大の強みは、「一般人」です。日本には世界一の「一般人」がいますよ。米国のエリート教育はすごいと思いますが、エリートは一部の人間だけです。日本には優れた一般の人々が大勢いて、いつだって一生懸命。日本は健全な社会だと実感します。米国は貧富の差が激しいですから、それこそ健康保険にも加入していないような人々がたくさんいます。日本には最低保障、セイフティーネットがあります。豊かな社会なのです。治安も世界一です。東京では、子どもを自由に外で遊ばせておくことができますし、バスや電車に一人で乗せることもできます。マンハッタンで子どもを一人で外に出すなんて到底考えられません。東京での生活の方がよっぽど充実した子ども時代を送れると思います。子どもは四人いますが、日米両国の文化や言葉、社会を自然な形で学んで欲しいと考えています。私たち夫婦は、生まれも育ちも米国ですから、どんなに上達してもやはり日本語は外国語だと思います。子どもたちには、本当の意味でのバイリンガルに育つような環境を作りたいと考えています。そこで学校は、インターナショナルスクールかアメリカンスクールと、近所の区立の小学校へ、どの子も大体二年ごとに通っています。

  こんなこと言っていいのかわかりませんが、日本人はルール好きだと思うことがあります。私の知人でお坊さんになった米国人が、ある時、近所の区営プールに行きました。お坊さんですから彼の頭はツルツル頭。それなのに受付で「帽子は?」と呼び止められました。そのプールでは、スイミングキャップを着用しなくてはならないというルールがあったからです。でも、キャップをするのは、そもそも何のためなのかということですよね。とにかく「ルールだから駄目」と言われびっくりしたそうです。それから、日本の社会では、「我慢と不満のバランス」があまりうまく取れていないと感じることもあります。日本人は不満とするべきことを我慢してしまう傾向があるのではないでしょうか。例えば、あのものすごい通勤ラッシュです。とても我慢強いといつも思います。

  これからは、労働力不足と高齢化が問題になってきますね。どうしたら豊かな社会を維持できるかと考えると、やはりリスクテイクするべきだと思います。これまでの「ロー・リスク、ロー・リターン」ではなく、これからは「ミディアム・リスク、ミディアム・リターン」ぐらいをめざす。それが二極化現象のバランスを取り、階級社会を免れるキーになると思います。そして、リスクを負うことができる人たちを「よくやった」と評価できる社会にならなければいけない。そうすれば、日本の未来は明るいと思います。

  最近、永住権を取得し、「一期一会」の発想から「いちご」という名前の投資顧問会社を設立しました。結局、私は「アイ・ラブ・ジャパン!」なのです。大好きな日本にずっと住み続けたいと考えています。

  (インタビュー・柴崎由紀 使用言語・日本語)

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